墓じまいを考え始めたきっかけ
私は現在60代で埼玉県に住んでいます。
鹿児島にある先祖代々の菩提寺の墓を管理してきましたが、年齢を重ねるにつれ、遠方への墓参りが身体的にも経済的にも大きな負担になってきました。子供たちは関東で生活しており、将来的に鹿児島の墓を守り続けるのは難しいと判断したのが、墓じまいを考えた一番のきっかけです。「自分たちの代できれいに整理しておかないと、子供たちに迷惑をかけてしまう」という強い思いがありました。先祖代々の菩提寺のご住職に相談したところ、長年の感謝を込めて閉眼供養を行い、遺骨は今の住まいに近い埼玉の永代供養墓へ移すことに決めました。先祖への申し訳なさはありましたが、供養の形を変えることで、これからも家族で定期的にお参りできる環境が整い、今は肩の荷が下りたような安心感でいっぱいです。
親族との話し合い
親族との話し合いで一番苦労したのは、やはり「先祖代々の土地を離れる」ことへの抵抗感でした。
特に鹿児島に住む親戚からは、「自分たちが守ってきた墓を、埼玉の都合で無くすのか」と厳しい言葉を投げかけられたこともあります。私はまず、60代になり往復の移動が体力的に限界であること、そして子供たちが関東で根を張っている現状を正直に伝えました。「放置されて荒れ果てた無縁仏にするよりも、今のうちに納得のいく形で供養し直したい」と何度も電話で対話を重ねました。最終的には、埼玉の新しい納骨堂の写真を見せ、「ここなら子供たちも頻繁に手を合わせに行ける」と説得したことで理解を得ることができました。
お寺・霊園への連絡
先祖代々の菩提寺のご住職に電話で墓じまいの意向を伝えた時は、正直とても緊張しました。
「先祖代々お世話になったのに、勝手な都合で申し訳ない」という罪悪感で声が震えてしまったのを覚えています。しかし、ご住職の反応は意外なほど穏やかで、私の今の状況を深く汲み取ってくださいました。「最近は関東や関西へ移られたご家族から、同じような相談をいただくことが増えています。お墓が荒れてしまうことこそが一番の悲しみですから、今のうちに供養の形を整えるのは、ご先祖様を大切に思うからこその決断ですね」と言っていただけて、心がふっと軽くなりました。離檀料についても、こちらから恐る恐る切り出すと、「お気持ちで結構ですよ」と具体的な目安を丁寧に示してくださり、最後まで事務的ではなく、温かいお見送りの言葉をいただけたことが何よりの救いでした。
一番大変だったこと
墓じまいで一番大変だったのは精神的な葛藤です。
特に鹿児島に住む親戚からは「代々の墓を自分の都合で壊すのか」と猛反対され、電話越しに厳しい言葉を投げかけられた時は、自分の決断が間違っているのではないかと何度も自問自答し、夜も眠れないほど悩みました。また、物理的な距離も大きな壁でした。埼玉にいながら鹿児島の石材店や役所とやり取りするのは、書類の不備一つで作業が止まってしまうため、常に神経を尖らせていました。閉眼供養の当日、長年見守ってくれた墓石が解体される光景を目の当たりにした時は、胸が締め付けられるような寂しさを感じました。事務的な手続き以上に家族全員の心を一つにまとめるプロセスが何よりも根気とエネルギーを必要とする作業だったと感じています。
墓じまいを終えて良かった点
墓じまいを終えて一番良かったのは、子供たちに重荷を残さずに済んだという大きな安心感を得られたことです。
埼玉に住む子供たちが、将来わざわざ鹿児島まで通ってお墓を守り続ける負担を考え、自分の代で綺麗に整理できたことは、親としての責任を果たしたような清々しい気持ちです。また、供養がより身近になったことも大きな収穫でした。遠方でなかなか行けなかったお墓が、今は埼玉の自宅近く��納骨堂に移ったことで、思い立った時にいつでも手を合わせに行けるようになりました。以前はお墓を放置しているという罪悪感が常に心のどこかにありましたが、今は定期的にお参りでき、ご先祖様との距離がぐっと縮まったと感じています。
もしやり直すなら変えたいこと
もしやり直せるなら、石材店選びをもう少し慎重に行い、複数の相見積もりを取ることを一番に変えたいです。
当時はお寺から紹介された一社にそのままお願いしてしまいましたが、後から調べると、鹿児島の山の斜面という特殊な立地を理由に、相場よりかなり高い運搬費が含まれていたことが分かりました。また、親族への相談も、結論が出てから報告するのではなく、検討し始めた初期段階からもっと頻繁に近況を伝えておけばよかったと思います。いきなり墓じまいをすることに決めたと伝えたことが、親戚の反発を招く一因になってしまったからです。





















